技術的才能と性格的才能は別種…才能>>>努力が主流の若者達

才能努力

2015年の現在、「努力よりも才能」、「才能がなきゃ努力は報われない」という考え方が若い世代の間で主流になりつつあります。不景気&格差社会で努力が効果を成さない現実にばかりぶちあたっていれば、そのような考えになるのも納得です。

現代の才能論とはどのようなものなのか?調べてまとめました。

スポンサーリンク

人種による才能の壁に苦しみ抜いた為末大の言葉

為末大努力才能

成功者の言葉しか世の中には残らないから『やればできる』が格言になる。

逃げてもいいんです。耐えられないものを耐えようとすれば人は壊れる

継続は力なりは常に撤退を頭に入れている時に効力を発揮する。只ひたすらに継続を信じ過ぎると、大体積み重ね以外の発想も出てこないし、周囲にも継続を信望するように迫ってしまう。大きなイノベーションは大体何かの思い込みをやめる事が側面にある。

成功者が語る事は、結果を出した事に理由付けしているというのが半分ぐらいだと思う。アスリートもまずその体に生まれるかどうかが99%。そして選ばれた人たちが努力を語る。やればできると成功者は言うけれど、できる体に生まれる事が大前提。

無理なこと、適性のないことで努力をしても、結局は勝つことができず、「負けた」という意識だけを引きずってしまいます。

成功をある程度成功率が高いものにおくのであれば、努力すれば夢は叶うと思う。
でも五輪選手になるとか、かなり少ない席の話であれば誰でもできるわけではなくて、才能と、環境がまず重要だと思う。そのスポーツをやる環境に生まれた事が、努力よりも先にくる。

人生の前半は努力すれば夢は叶うでいいと思う。
でもどこかのタイミングでそれを客観視しないと人生が辛い。
努力すれば夢は叶う→叶っていない現在の自分→原因は自分の努力不足。努力原理主義を抜けられなかった人は、こんな自分を許せなくて何かを呪って生きていく。

自分にできることに絞って能力を伸ばしていくほうが、成功の確率は高まります。私の場合、チームプレーが苦手ですから、子供時代にサッカーなどの球技を選んでいたら、頭角を現すことはできなかったでしょう。

努力こそが勝利への道。そう考え続けてきましたが、才能や運が占める比率が高いと感じ始めました。どれだけ努力しても勝てない選手がいる。なぜ自分はトップになることができたのか。社会に対してどんな役割を果たすべきなのか。そんなことを考え始めました。

「勝ちやすい」ところを見きわめるこうした考えを表明することは、今の日本ではリスクが大きい。「私がこの種目を選んだのは、勝ちやすいからです」。そんなことを言おうものなら、世間の人は言うだろう。「動機が不純だ」。

私ももちろん、「産まれと才能 > 努力」だと思っている。これは私だけでなく世の中の流れとして、ひと昔前に比べてより多くの人が、「産まれと才能 > 努力」だと思うようになってきていると感じられる。
この「空気」を作り出しているのは、よく言われる格差の固定化による「努力しても報われない社会」の影響なのかも知れない。DNA解析技術の進歩により遺伝の影響が想像以上に大きいことが周知の事実となってきたからなのかも知れないし、ネットで身も蓋もない「人生のネタバレ」が進行した結果なのかも知れない。

戦略とは、トレードオフである。つまり、諦めとセットで考えるべきものだ。だめなものはだめ、無理なものは無理。そう認めたうえで、自分の強い部分をどのように生かしてかつかということを見きわめる。

日本では早くて6歳、多くは12歳までにスポーツを始めます。たまたまその地域で盛んな種目を選択しただけなのに、指導者は「一度始めた以上、あきらめてはいけない。やりとおせ」と言う。
日本で、本人の適性と種目のミスマッチが多いのはこの構図が原因で、しかもこのミスマッチは一生解消されません。
ミスマッチの解消を「逃げ」とみなす文化は、実は日本の社会全体に強くあると思っています。

為末 大(ためすえ だい)は、広島市佐伯区出身の男子元陸上競技選手。400mハードル日本記録保持者で、現在はスポーツコメンテーター・タレント・指導者などで活動中。株式会社R.project取締役。

2001年世界陸上エドモントン大会・2005年世界陸上ヘルシンキ大会の男子400mハードルにおいて、世界陸上選手権の2大会で銅メダルを獲得。




ネット上での才能についての意見…「才能が超大事やぞ」

努力才能



スポンサーリンク



あと大事なことだが、努力が成功しないのは「方法論」が間違っているから
失敗の最たる原因は「自分に才能がない分野に打ち込む」こと
モーツァルトに戦士としての才能はなかったし
アインシュタインに乗馬の才能はなかった
「自身の資質(才能)を発揮できる分野」に取り組むことが成功の第一条件

こういう才能にくっそ左右される職業に憧れる奴に限って「やってみなきゃわからない」とかほざくんだよな

そもそも日本の努力至上主義がおかしいだけ
世の中才能が全てなんてみんな知ってる

やりたいことやって生きれるのは一部の才能がある人だけ
スポーツ選手とか芸術家とか

成功する奴はみんな努力してるから結局才能の差やぞ

40過ぎて、「凡人は一生凡人」、才能者にはどうにも勝てない、と判断した。
才能者にも色んなジャンルはあるが、才能者は別に頭が良い訳ではない。むしろ事務的な事は極端に苦手だ。
ある特定分野の発想が極めて野心的で斬新なのだ。
なので基本的には理解されずに変/態扱いさ。
才能者は自分の才能に気付いて初めて才能が発揮される。
おまいらの隣に座っている仕事できないキ.モオタも、企画書書かせればスゲーの出してくるかもしれないぜ。
会社の人事に優秀な歯車より、優秀な変.態を入れろ!と言ったら変/態扱いされたぜ!

無能なら無能でもいいんだよ。問題は、自分が無能であると受け入れられ
その実力+ある程度の努力で得られそうな道をさっさと選ぶ決断と実行なんだよね。
これを見誤らせて「夢は適う」だの「人類皆平等」だの「才能は誰にでも眠っている」だので、現代はニートであふれる。

ニート株式会社やニートの特徴から見るニートの問題と対策
「最初から多くを望まないさとり世代」の増大や就職難、それに加えて非正規社員枠の増加で、ニートが増え続けています。 ネッ...

1の努力で10伸びる奴と20伸びる奴は
1万の努力で10万の大差がつく
皆が限界まで努力している世界では
才能によってとんでもない差がついてる上に
努力でひっくり返す余地がない

才能を否定する奴はそういう領域を想像もできない怠け者




世に蔓延する綺麗事を信じ込んでしまうとあなたの人生が壊れる危険がある

努力才能

「ピアノのコンクールで入賞できる技能方面での才能」と、「ピアノを弾くのが好きでピアノを練習する努力ができる性格方面での才能」の2つは、似ているようで完全に別種。これは本当の本当に大事な事なので、絶対に忘れないで欲しいと思います。

才能があり、成功した人物は、「技術方面での才能」と、「性格面での才能」の両方を持っていることが多いというだけ。

現実世界では、「技術方面での才能」が欠けていて「性格面での才能」しか持っていない、もしくは、2つとも持っていない、という2種類の人種が圧倒的多数を占めていると思われる。

後者の「性格面での才能」ばかりを賛美し、「努力できることが才能!!!」という万人の耳に心地良い才能論が世の中に横行します。しかも、そういう「努力できることが才能!!!」のような希望が持てる才能論は、自伝の本を売りたかったり自身の好感度を上げたい成功者の言葉だったり、読者の気に障る事を言って売上を落としたら絶対にマズい漫画の中などで語られることが非常に多い。

でも、社会で華々しく活躍したい人が実際に欲しいのは、前者の「技術方面での才能」でしょう? 人に認められる結果を出せる技能的才能が無いことには、いくらそのことが好きで努力できる性格面での才能に恵まれていても、いつまで努力したところで結果らしい結果は出ない、というこの世の実態をしっかりと理解しないと、そのうち取り返しのつかない悲惨な状況へ追い込まれます。



仕事カテゴリーネットサービスカテゴリー健康カテゴリー美容カテゴリー恋愛カテゴリー教育カテゴリー知識カテゴリーお楽しみカテゴリー漫画カテゴリー小説カテゴリーアニメカテゴリーゲームカテゴリー購入技カテゴリー住宅カテゴリー趣味カテゴリータグブログ内検索トップページ