科挙…57万文字丸暗記で入り口地点!人類史上最難関の試験

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過去、中国で1300年もの間実施されていた、えりすぐりの官僚(上級の公務員の事)を登用するための試験「科挙(かきょ)」。人類史上、とびぬけて最難関の試験と言われており、その難易度、競争率、無茶すぎる試験内容は、伝説として現代まで語り継がれています。日本の東大入学難易度をはるかに上回る、科挙のとんでもない部分を調べてまとめました。

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丸暗記する文章量が本当に異常そのもの

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科挙の合格基準として、四書五経を暗記していることは必須であった。いわば理想的な儒教を理解していることが求められたわけだ。

科挙の受験者が暗記する古典、四書五経の文字数

論語      11705文字
孟子      34685文字
孝経刊誤    1903文字
周易      24107文字
尚書      25700文字
毛詩      39234文字
春秋左氏伝 196845文字
春秋公羊伝  44075文字
春秋穀梁伝  41512文字
周官      45806文字
儀礼      56624文字
礼記      99010文字

合計575390字

といった具合でものすごい量の古典を暗記しなければなりません。
その上、この古典の注釈書、歴史書、文学書を読み、詩や文章をつくる稽古もあります。

科挙の簡単解説

《科目によって人材を挙げ用いる意》中国で古くから行われた官吏登用のための資格試験。隋(ずい)・唐の時代に制定され、清(しん)末の1905年に廃止された。唐代には秀才・明経・進士など六科(りくか)があり、経書や詩文について試験を行ったが、宋代からは進士の一科となり、試験も解試・省試・殿試の三段階となり、明清代でも郷試・会試・殿試が行われた。官吏としての栄達にかかわるため、きびしい競争があり、弊害も大きかった。

この暗記があまりに無理ゲーすぎてカンニング技術が神域にまで到達

現代に残っている、文章を模様のようにびっしりと全面に書いたカンニング用服

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中国は国民が多いので試験の競争率が異常

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科挙の競争率は非常に高く、時代によって異なるが、最難関の試験であった進士科の場合、最盛期には約3000倍に達することもあったという。最終合格者の平均年齢も、時代によって異なるが、おおむね36歳前後と言われ、中には曹松などのように70歳を過ぎてようやく合格できた例もあった。無論、受験者の大多数は一生をかけても合格できず、経済的事情などの理由によって受験を断念したり、失意のあまり自.殺した鍾馗の逸話など悲話も多い。



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試験勉強と合格に半生を費やすほどの狂気の難易度

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受験準備段階ですでに30年近くかかる

・8歳以前は、『性理字訓』を読み、文字をおぼえる。
・8歳から『論語』『孟子(もうし)』など儒教の経典を読む。15歳頃までに計57万字を徹底暗記。
・その後、経典の注釈、歴史書、文章、詩、政治制度を、20~22歳頃までに勉強する。
・引き続き、科挙の文書作成法を学ぶ。経典・注釈・史書の復習も行う。22~25歳で課程を修了し、いよいよ受験にのぞむ。

童試……県試・府試・院試の3つの試験からなる。受かると国立学校へ入学許可が出る
この時点で躓いて40~50歳になってもこの試験に挑戦してる人間もいる

挙人履試……科挙の本試験に望むための人間をふるい落とすための試験
これに受かると科挙の受験資格が得られる

郷試……本試験。これに合格すると同意がないと逮捕されないなどの特権が手に入る

会試……本試験。通常は二泊三日、もしくは一週間近くかかり、倍率は100倍以上になる
    ここらで発狂する奴、試験中に死ぬ奴、泣く奴が沢山出てくる
これに合格すると「進士」になる。一生かかってもこの試験を突破できない人間はザラ

会試履試……合格者をふるいに掛けるための試験。これで成績が最下位近くだと、
いくら会試に合格しても足切りに遭い、しかも受験資格を一定期間停止される

殿試……皇帝臨席の試験。この試験により順位を決める。上位より3名はそれぞれ状元、榜眼、探花と呼ばれる。
この試験でも最下位近くになると地方役人がせいぜいで、一方上位になると「日月をも動かす」と言われるほど超絶大な権力が手に入る

その時代の皇帝と直接問答する「殿試」

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皇帝が直接、開催する試験(あくまでも名目上)。
その試験の成績如何で、将来の地位が決定するといっても過言ではない。

流石に最終試験だけあって、最後の最後にしてハンパじゃない難解さになっています。
答案の書き方がすべて厳しく規定されており、たとえ一文字一文でも規定から外れると採点対象外となり不合格とされてしまうのです。またそんな状況の中であっても与えられた課題に対し最低でも1000文字以上は書かなければ、これまた不合格あつかいとされてしまいます。

一位の成績を修めたものを状元、二位を榜眼、三位を探花と呼ばれる。
とくに状元は破格のエリート扱いで、中国の逸話にもよく登場するほど。

順位が低くなるほど官位も低くなっていき、折角、進士になったのに、あまりの処遇の悪さでがっかりする者も多かったそう。

面白いのは会試での成績がよくても、殿試での解答を皇帝が気に入られなければ順位が下がってしまうということ。
ゆえに真のエリートは会試の首席と言われていた。




その他、耳を疑う科挙伝説集

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  • 「郷試」…貢院と呼ばれた試験会場は三年に一度開かれる。
    省府の首府へ集い、貢院という試験場で、答案用紙に回答を書く。
    その貢院には約一畳ほどの広さの房がたくさんあって、受験生たちはそこで試験を受けるのはもちろん、食事用の煮炊きや仮眠もする。
    扉はなく、持参した布で覆うだけ。机も椅子も板を渡して溝にはめるだけ。
    三年に一度しか使用しないから黴臭いし、夜は寒い。数日もそんなとこへ閉じこめられているためか、発狂するものもいたほど。
  • 宋代の科挙浪人生、李邦人の日記を見てみよう。
    「官僚になろうと都、開封にのぼってずいぶんになるがいまだ科挙に合格する気配はない。なにしろ課される問題が半端じゃなく難しいので、こっちも覚えたりするのが大変だ。おまけに一回失敗すると最初の試験からやり直しで、これじゃ合格者が少ないのもしかたあるまい。
    試験は三年に一度きり。このあいだ落ちてしまったから当分は受験すらできない。かといって郷里に帰るわけにもいかず、今日 も開封の街中をぶらぶらとした。いきつけの飯屋に行く途中、学生たちの集団に出くわした。また学生運動でも起こす算段でもしていたのだろうか。宰相の王安 石さまのお触れで市中に学校ができて、そのおかげで開封にこういう学生の数が増えたようだ。
    とにかく科挙に受かって官僚になるのが第一目標だ。開封は勉強するにも都合が良いが、余計なものも多すぎて身を持ち崩す輩もいる。自分もそうならないように明日からまた勉強、勉強」
  • 清代の小説『儒林外史』には次のような話がある。范進は54歳になるまで20回以上も受験に失敗を続け、日々の食事にも困る貧乏生活だった。 しかし、いったん地方試験(郷試)に合格すると、地元の有力者が大金を持ってお祝いに駆けつけ、家や田畑、店を寄進するもの、夫婦そろって下僕となるものがあらわれるなど、生活が一変するのであった。
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