借金のしやすさが招いた超熱狂…わかりやすいバブル経済崩壊

バブル経済崩壊解説

「バブルの時は本当に良かった…。それに引き替え今は…」といったバブル世代のなげきや、バブルのなごりの好景気を味わった中年世代のため息発言をよくネットで目にします。

なぜ日本経済でバブルが生まれ、そしてバブルがはじけて長期的な不況へ突入したのか?バブルが生まれた原因を調べてまとめました。どうもバブル経済というものは、成長を続けた先に訪れる自然で必然的な最盛期というよりも、ただの異常で病的な経済過熱であるようです。

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経済のバブルの定義

バブル経済崩壊解説

バブルとは、その名のとおり泡のように実体のないもの、中身のないものを意味します。 バブル経済(bubble economy)とは、不動産や株式をはじめとした資産の価格が、投機によって異常に上昇し、その上昇が魅力となって、さらなる投機を呼ぶという循環が起こっている経済状態のことをいいます。

日本でのバブル景気は、景気動向指数(CI)上は、1986年(昭和61年)12月から1991年(平成3年)2月までの51か月間に、日本で起こった資産価格の上昇と好景気、およびそれに付随して起こった社会現象とされる。




バブル景気の序章…「プラザ合意」が全ての元凶

バブル経済崩壊解説

アメリカの赤字は各国に黒字をもたらすものでした。しかし、これは世界にとっていつかドルが暴落する不安を抱えることになりました。




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アメリカは、プラザ合意によって日本への借金を減らそうと考えたのです。G5諸国(日・米・独・仏・英)と協調介入する旨の共同声明を発表しました。これは、アメリカをドル安にするため、各国で為替レートを調整してほしいというもので、G5諸国との政策協調という形ですが、実際にはアメリカと日本の政策緩和が課題でした。これにより急激な円高が進行し1ドル240円前後だった為替相場が1年後に1ドル120円台まで急伸しました(日本にとって非常に不利な状況)。

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円高による危機を脱するための借金金利引き下げでバブル開始

バブル経済崩壊解説

円高になることで輸出が減り、不況になるのではないかと懸念した政府が金利を下げることにしました。

これにより誰もがお金を借りやすい状況が生まれました。

また公共工事にも力を入れた為、国内の産業が活性化しました。
また法人税率の引き下げや、その他税金の引き下げが行われたので、国内の株式や不動産にお金が回りやすい状況が生まれたのです。

企業の利益、給料、土地、株式は、右肩上がりで上がっていきました。

中でも土地は転売目的での売買が多発し、「土地を買えば必ず値上がりする」という「土地神話」が生まれました。

土地を担保に入れて、銀行からお金を借りて、更に土地を購入するなどといった売買や、例えば、Aさんが1000万で買った土地を2000万円で売り出し、 更にそれを買ったBさんが3000万円で売り出し、更にそれを買ったDさんが・・・などという「土地転がし」が横行しました。

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バブル時の異常な好景気と特異な現象

バブル経済崩壊解説



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地価高騰
東京圏では1987年と1988年の住宅地の価格はそれぞれ22%、69%上昇し、商業地の価格はそれぞれ48%、61%上昇した。大阪圏では1989年と1990年の住宅地の価格はそれぞれ33%、56%上昇し、商業地の価格は1988-1990年で30-40%上昇した。

リゾート地開発
バブル期に建設・不動産・ホテル業界は、リゾート地やゴルフ場を次々と開発した。

就職
有効求人倍率は、1991年に1.40倍を記録。リクルートの調査では、同年の大卒最高値は2.86倍になった。この時代に大量に採用された社員を指してバブル就職世代とも言われる。

海外投資
潤沢な資金を得た企業が、日本国外の不動産や企業を買収した。著名なところでは三菱地所によるロックフェラー・センター買収(2200億円)、ソニーによるコロムビア映画買収をはじめとする事例で、日本国外の不動産、リゾート、企業への投資・買収が行われた。また、企業に留まらず、土地を担保に大金を借り入れた中小企業オーナーや個人、マイホーム資金を貯蓄していた個人の中からも、日本国外の不動産に投資を行う者が出てきた。

その他のバブル時の好景気伝説

  • 50前後の公務員のお父さんよりも、新卒の銀行員の娘のボ-ナスのほうが多かった
  • 説明会に行くだけで内定がもらえた
  • 毎年100万ずつ給料が上がっていた
  • ヨーロッパ研修旅行にて、会社から「100万円くらいなら使っていいよ」とゴールドカードを渡された
  • テレビ番組は激安商品の紹介はなく、ほぼ高額商品のみを紹介していた
  • 当時の普通預金の金利→7%~8%
    現在→0.01%~0.03%
  • 毎日会社までタクシー通勤
  • 借金してでも土地買えば借金の利息よりも土地の値上がりが早いから儲かる
  • 会社説明と称した宴会が行われ
    体験と称した海外旅行が行われ
    面接と称した宴会が行われ
    二次試験と称した海外旅行が行われ
    などなど・・・
  • 未成年でも400万の車のローンが通った




膨らみすぎた泡がはじけるようにバブル崩壊と祭りの終焉…日本は長期の暗黒期へ

バブル経済崩壊解説

1990年頃、バブルは崩壊しました。

日経平均株価は1989年12月29日の39000円ぐらいを天井に下落が始まりました。

土地も供給過多で需要がなくなり、値段は軒並み下がっていきました。

また固定資産税が払えなくなったり、転売目的のあてが外れて、ローンを返済できない人も徐々に出てきました。

今度は、皆が「我先に土地や株を売りたい」という売りが沢山になり、どれも値崩れを起こし始めました。

銀行が貸し付けたお金は回収不能になり(これが後の不良債権問題へ続きます)、倒産する金融機関や保険会社も出ました。

経済全体が縮小し出しました。お金のめぐりがかなり悪くなってきました。

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詳しくは、

1991年ごろの政府や日銀の日本経済に対する見解はまだ楽観的なものでした。
バブル景気が減速したことを政府が公式に認めたのが1992年2月になってからです。
しかしすでにこの時には、その後10年以上にわたって続くことになる「失われた90年代」が幕を開けていたのです。

株価は90年の年初から急落に転じていましたが、地価の上昇はまだ余韻が残っており、本格的な下落は1991年に入ってからです。
下落のきっかけは、土地取引そのものへの規制、税制の強化、総量規制に代表される金融政策が複合的に作用したためです。
しかしすでに上がるところまで上がり切っていた土地投機ブームがついに終わった、というのが本当の要因なのでしょう。
東京圏の商業地の地価は1983年初めを100とすると、ピークの1991年には341.5にも達していました。
商業地の全国平均地価は、1992年が-4.0%、1993年が-11.4%、1994年が-11.3%にも達し、同じく東京圏では1992年-6.9%、
1993年-19.0%、1994年-18.3%というたいへん大きなものになりました。地価は下がらない、という土地神話がついに崩れたのです。
この結果、土地と株価の値下がり損は1998年末にピーク比で▲1200兆円という途方もない巨額の損失をもたらすことになります。

後に残されたのは借金の山です。借り入れによって土地投機を行っていた不動産会社、建設会社、ゴルフ場開発会社、
ノンバンクは次々と返済不能に陥り、倒産の危機に直面してゆきました。
株式運用に失敗して経営が立ち行かなくなった上場企業も続出しました。しかしそれ以上に深刻だったのが、
土地を担保に融資を行った銀行やノンバンクの中で融資の焦げ付き(回収不能)です。
これが90年代後半の不良債権問題、金融機関の大型倒産につながってゆきます。

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