東海村臨界事故にチェルノブイリ…人類の手に負えない放射線

放射線事件

高線量の放射線の恐怖のキモは、風圧や湿度のような物理的異変を感じることもできず、有毒ガスのような異臭も感じられずに、頭のてっぺんからつま先まで全身の細胞DNAを無音かつ一瞬で破壊されて、即座に近日中の死が決定づけられる点にあります。時代が時代なら、放射能が極めて強い放射性物質は「見ただけ、近づいただけで死ぬ、厄神のタタリのある物」と地元で恐れられそうな、あたかもオカルト分野での呪いのような側面をもっています。

放射線事故の恐さが伝わってくる有名エピソードを調べてまとめました。

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ゴイアニア被曝事故

ゴイアニア被曝事故

1987年9月にブラジルのゴイアニア市で発生した原子力事故。

同市内にあった廃病院跡に放置されていた放射線療法用の医療機器から放射線源格納容器が盗難により持ち出され、その後廃品業者などの人手を通しているうちに格納容器が解体されてガンマ線源の137Cs(セシウム137)が露出。光る特性に興味を持った住人が接触した結果、被曝者は249人に達し、このうち20名が急性障害の症状が認められ4名が放射線障害で死.亡した。

二人の若者が、市内の廃病院に高価な品があるという噂を聞きつけ、宝探しに向かう。そして放射線源格納容器を発見し、自宅に持ち帰った。


3日目
二人に嘔吐の症状が出現。食あたりと考え放置。


4日目
めまい、下痢、右手の浮腫が出現。


5日目
病院を受診。食物アレルギーと診断され、その日は軽い仕事しかできなかった。


8日目
盗難をした若者の一人が、自宅の庭で線源容器にドライバーで小さな穴を開けた後、線源容器を廃品業者へ売却。
業者は自宅敷地内の解体工場に保管したが、その日の夜、それが青白く光っていることに気づく。そこで線源容器を自宅に運び込み、翌日から3日にわたって数人の知人を家に呼んで光る粉末を見せた。


10日目
廃品業者の友人がドライバーを使ってさらに中の顆粒状のセシウムを取り出す。友人はそれを持ち帰り、弟にも一部を分け与えた。また、廃品業者もセシウムを親族に配った。
カーニバルの時に衣装をそれで光らせようという考えもあったようである。


11日目
廃品業者の妻に嘔吐と下痢の症状が現れ、病院を受診するが食物アレルギーと診断された。


12日目
廃品業者の従業員が容器から鉛を抽出しようと作業する過程で被曝。


13日目
盗難をした若者の一人が皮膚症状で入院。放射線皮膚炎であるとはこの時点で誰も気づいていなかった。原因不明のまま4日後には熱帯病病院に転院した。


14日目
廃品業者の隣に住む弟がセシウムの粉末を貰い受け、食卓においた状態で家族が食事した。娘は、セシウムをいじった手で食事をしていた。


15日目
廃品業者が、容器と取り出した鉛を別の解体業者に転.売。


16日目
廃品業者の従業員数人が鉛を求めて再度施設に侵入し、残った遮蔽装置300kgを盗み出す。


18日目
この頃には症状を呈する者が数人以上になっていた。廃品業者の妻は光る粉が原因であると確信し、従業員とともに転売先の解体工場から線源容器を取り返し、二人で地元の保健当局事務所に向かう。

妻は事務所の医師に線源容器の入ったカバンを渡し、「これがあたし達全員を殺そうとしている」と訴えた。医師は事務所の庭にそれを放置して二人を熱帯病病院に向かわせた。

熱帯病病院では、同様の症状の者が数人受診しており、妻も同様に流行性の熱帯病と診断された。
しかし医師は、一連の患者の一部に見られる皮膚病が放射線皮膚炎ではないかと疑い始める。


19日目
たまたまゴイアニアにいた放射線医学専門家が連絡を受け、線量計を持って問題のカバンのある事務所に向かった。しかし建物の前で測定器が振り切れたので故障と思い、すぐに代替の線量計を持って事務所に向かったが同じように振り切れた。
ここでやっと、測定不能な放射線源がそこにある事が判明し、周囲の住民11万2000人を市内のスタジアムに隔離した。


最終的に、合計250人が被曝し、4名(廃品業者の妻、従業員2人、セシウムが付着した手で食事をした娘、の4名)が放射線障害で死亡した。

この事故は、レベル5(スリーマイル島原子力発電所事故やウィンズケール原子炉火災事故と同レベル)とされている。

当ブログでの放射線特集ページは↓からどうぞ。

放射線…物体を透過して細胞DNAを直接損傷する恐怖の粒子線
原子力発電施設の使用済み核燃料から何千年と発生し続ける「放射線」は、高線量ともなると極めて人体に有害です。しかも放射線はほと...



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東海村JCO臨界事故

東海村JCO臨界事故

1999年9月30日、JCO(※株式会社ジェーシーオーの名称)の核燃料加工施設内で核燃料を加工中に、ウラン溶液が臨界状態に達し核分裂連鎖反応が発生、この状態が約20時間持続した。これにより、至近距離で中性子線を浴びた作業員3名中、2名が死,亡、1名が重症となった他、667名の被曝者を出した。

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めんどうくさいという理由で現場で横行していた裏のマニュアル

東海村JCO臨界事故

JCOは燃料加工の工程において、国の管理規定に沿った正規マニュアルではなく「裏のマニュアル」を運用していた。一例をあげると、原料であるウラン化合物の粉末を溶解する工程では正規マニュアルでは「溶解塔」という装置を使用するという手順だったが、裏のマニュアルではステンレス製バケツを用いた手順に改変されていた。事故当日はこの裏のマニュアルとも異なる手順で作業がなされていた。具体的には、最終工程である製品の均質化作業で、臨界状態に至らないよう形状制限がなされた容器(貯塔)を使用するところを、作業の効率化を図るため、別の、背丈が低く内径の広い、冷却水のジャケットに包まれた容器(沈殿槽)に変更していた。

これらにより、濃縮度18.8%の硝酸ウラニル水溶液を不当に大量に貯蔵した容器の周りにある冷却水が中性子の反射材となり溶液が臨界状態となり、大量の放射線が作業員を直撃することになる。

当事故により被曝した作業員の壮絶な最期

  • 16 – 20グレイ・イクイバレント(推定16 – 20シーベルト以上)の被曝をした作業員A(当時35歳)は、高線量被曝による染色体破壊により、新しい細胞が生成できない状態となる。まず白血球が生成されなくなったため実妹から提供された造血幹細胞の移植が行われた。移植術自体は成功し移植直後は白血球の増加が見られたが、時間経過と共に新細胞の染色体にも異常が発見され、白血球数が再び減少に転じた。59日後の11月27日、心停止。救命処置により蘇生したものの、心肺停止によるダメージから各臓器の機能が著しく低下、最終的に治療手段が無くなり、事故から83日後の12月21日、多臓器不全により死,亡した。
  • 6.0 – 10グレイ・イクイバレント(推定6 – 10シーベルト)の被曝をした作業員B(当時40歳)もAと同様に高線量被曝による染色体破壊を受け、造血細胞の移植が一定の成果をあげたことにより一時は警察への証言を行うまでに回復した。しかし放射線障害により徐々に容態が悪化、さらにMRSA感染による肺炎を併発し、事故から211日後の2000年4月27日、多臓器不全により死.亡した。

東海村JCO臨界事故に対するネット上の意見

  • 超危険物をバケツリレーで液体がこぼれちゃった~とか、考えられない事件
    原発事故後の原発作業員の重装備にガイガーカウンターで放射線測定されてるのに
    亡くなった作業員達には知識や危険性が伝えられていなかったんだろうなあ
  • ちゃんとした混合過程があってそれにしたがって作業すれば安全。
    確か大きな機械があって隣から遠隔で出来るようになってて、速度も一定速度でしか出来ないようになってた。
    (臨界しないようになってた。だがソレでやると時間が掛かるのでバケツで混ぜる裏のマニュアルが作られたらしい)
    ところがどっかのアホがバケツで混合する工程に変えちゃった。これが裏のマニュアル。
    だんだんそれが正規のマニュアルとして取り扱うようになってしまった。
    (摩り替えたヤツはだれだか判らず捜査は打ち切り。コレ国家的な犯罪だろ?)
    作業する人は安全講習とか受けてるはずだけど臨界と放射性物質の特性なんかは知らない。
    防護する方法とかあやまって衣服に付いたら洗浄するとかバッチつけるとかそういうことしか知らないし教えられない。
    (あんまり勉強しすぎるとだれもやらなくなるからね)
    で、バケツでやってるうちに混ぜる量が多かったか速度が速かったかでついに臨界。チェレンコフ光だかなんかで青い光をみてしまう。
    これも作業した人が悪いのではなく、指示した人間が悪い。というか裏のマニュアルが悪い。
    それらをチェックする立場の会社がチェックせず、さらに危険性さえ見抜けなかった。
    (量や速度が早いと臨界するってのを知らなかった??ホントか?知っててやらせたんじゃないか?)
    その結果臨界。さらに社員で特攻隊編成して放射能を止める作業をしたりした。
    裏のマニュアル作ったやつは名乗り出ないし、会社もたいした処罰受けてないという惨憺たる結果。
  • 死までの過程が惨たらしく苦痛が続く、そしてその期間が長い
    核関係の事故ってのはこの点が一番怖い
  • 心肺停止したあとに電気ショックで蘇生試みたんはさすがに草生えるわ
    蘇生してもどうにもならんやろーッちゅー話やで
  • 治すためというより完全にモルモットとしてデータ取るために延命されてたよねあれ
  • 放射線はDNAを破壊するからな
    いくら手術しても治療しても
    細胞の設計図が壊れてるんだから治りようがない
  • つか臨界起きる可能性とか知らされてなかったんだな
    酷い話だ
  • 家族は「もう楽にしてくれ」と言ったが
    医者側は「貴重な症例だから」と治療続行したって聞いたな、うろだけど
    もっとも現場の医者や看護士は「同じ人間なのだろうか」(身体が原型留められない)と思いながら治療してたらしい
    確か本になってたはず
  • 中性子線を浴びたから、体内の元素が放射性元素へ核変換されちゃったのね。
    例えば炭素12が炭素14とかに、だから生体移植しようがなにしようが、
    新しい臓.器が被爆しちゃう。てか歩く放射線源になっちゃったの。
    東電の原発事故ですら起きてない最悪の被爆事故。
  • 中性子線にやられるのはめちゃめちゃ細いワイヤーで体中を串.刺しにされるのと同じ。
    細胞は生き残っても設計図が破壊される。
  • ゆっくりと体が崩れていく
    中も外もデロデロに
  • 放射線の恐ろしさは、人知の及ぶところではなかった。今回の臨界事故で核分裂を起こしたウランは、重量に換算すると、わずか1000分の1グラムだった




チェルノブイリ原子力発電所事故

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後に決められた国際原子力事象評価尺度 (INES) において最悪のレベル7(深刻な事故)に分類され、世界で最大の原子力発電所事故の一つである。

原子炉は爆発してから10日間も燃え続け、そのあいだにたくさんの放射性物質がまきちらされました。放射性物質が危険であることを教えられずに消火作業をした消防士の多くはまもなく死.亡しました。

当事故の詳細は当ブログでの特集ページからどうぞ。

象の足にデーモン・コア…悪名高い超危険な放射線事件まとめ
何万年と熱エネルギーを得続けられる原子力反応は、1万年程度の人類史のスケールからすれば、まさに半永久的にエネルギーを得られる...

チェルノブイリ原子力発電所事故の処理に従事した「リクビダートル」

リクビダートルの総数は60~80万人、そのうち1986年と1987年に作業にあたった約20万人が大きな被曝を受けたとされている。事故処理作業時の平均年齢は約35歳。ウクライナ、ベラルーシ、ロシアそれぞれでリクビダートルの国家登録が行われている。ロシアに住むリクビダートルのうち65905人(平均被曝量120ミリシーベルト)を対象に1991年から1998年までを追跡した結果によると、その間の死.亡は4995件(7.6%)であった。ベラルーシでのある調査によると、地元一般住民に比べて結腸癌や膀.胱癌、甲状腺癌がはっきりと過剰に発生している 。

1986年当時も、多数の事故処理用のロボット(無人で単純作業をする装置)が投入された。

だが、線量の高い場所ではすぐに電子部品が破壊されてしまい、使用できる範囲が限定されてしまう。最終的に必要だったのはバイオロボット、すなわち人間の投入だった。

被曝した瓦礫はリクビダートルの手作業で処理。爆発した原子炉の消火作業屋石棺の建設も行う。

毎日毎日尋常ではない量の放射線を浴び、被曝し続けながら働き続けたのです。

その後次々と病気になり、亡くなってしまうのですが、被曝がひどかったので埋葬方法も特殊で、鉛の棺に埋葬されているのです。

チェルノブイリ象の足

(撮影者の命と引き替えに残された「象の足」の写真)

事故を起こしたチェルノブイリ原発内で今もなお手つかずで放置されている象の足(融解した核燃料がコンクリートと混ざり合った物)は近づけば2分で致死量に達するほどの高放射線量を発し続け、象の足に至近距離まで近づいたカメラ撮影者はその年のうちに亡くなったそうです。

近接撮影以外の象の足の写真に関しては、車輪付きのカメラで撮影を試みたが、放射線の影響で壊れてしまい撮影することができなかったため、廊下の隅から鏡に映して撮影したという。



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