苦しい感覚が無駄の目印!努力が無意味になっている6パターン

努力無駄無意味

努力にも、きちんと実るものと、自分と相性が悪かったり努力の方向が明後日の方を向いていたりして無駄になるものの2種類があります。

無駄になる努力を分類してパターン化してみると、どうも本人の工夫や根性が及ばない最初から無理だった…というパターンが多いようです。

スポンサーリンク

その努力が無駄である場合のパターン

考えて工夫すれば無駄な努力から脱出できるパターン

自分の好みや能力の方向性とズレている

「やっていて、全然楽しくない。楽しいと思えない」「身体を動かすのが好きなのに、勉強で成績上位を取れって言われてもなあ…」といった具合に、その努力課題と、自分の好み・能力の向き・適性とがいちじるしくズレている。向いていない努力行為は苦痛が大きい上に、もともと適性がある人が努力した結果の、半分の効果も得られない事が多々。

努力の適性と戦略的撤退も含めた現実的で正しい方向の努力方法
「努力は誰にでもできる!」「努力は素晴らしい!」「ほんのちょっとだけやる気を出してみよう」などと、具体性を欠いた精神論と、い...

結果に至るまでの努力ルートが見えていない

「何をどうすれば問題解決できるか?」「何をやれば要求通りの結果が得られるか?」といった解決策がそもそも分かっていないので、ゴールの方角も距離感も分からないまま完全な暗闇の中をうろうろするように不毛な行動を続けてしまう。ただただ反復練習や、汗水を垂らすことが努力の道だと思い込んで、効果の無い行為を繰り返してしまいがちになる。

どうにもならないパターン

できる気がしない

努力無駄無意味

イメージの中でいくら努力しても、その結果を出せる気がしない。単にその人が努力嫌いのなまけ者の場合もあるが、多くの場合、できる気がしないという直感は正しい。無意識の内に、これまでの人生経験&己の力量と、結果までの距離感を測り、遠すぎて無理という的確な判断が「できる気がしない」という直感へ変換されている。

置かれている状況が悪すぎて努力が意味を成さない

努力無駄無意味

瀕死の重病人には、もう薬も治療効果が無いし、体力が残されていないので長時間手術にも耐えられない、といった具合に、状況が悪すぎてどんな努力も焼け石に水…ということは現実にある。自身の能力や性格や経歴が悪すぎて努力では状況がひっくり返せない。



スポンサーリンク



その人に努力する才能が無い

馬鹿頭悪い特徴

「努力する才能」の詳細は↓の当ブログでの特集ページをご覧頂きたい。

努力する才能は6種類の能力・性格要素のうちどれかを持つと発現
「努力する才能」は、詳しく分析してみると、特定の性格や、特殊な能力、またはそれらの複合によって成立している事が分かったので、...

身も蓋もないも言葉だが、1週間以上かかるようなある程度長期戦の努力の場合、努力する才能が無いと、その後が続かない場合が多い。その努力を友達や家族に代行してもらうなり、最初から諦めた方が良いかもしれない。

「手を出してはいけない分野」で努力しようとしている

売れない消えた漫画家

小説・音楽・声楽・芸能・絵画といった、「不特定多数の人達の評価によって成否が決まる分野」で努力しようとしている。はっきり言うと、これらはほとんどの人にとって「手を出してはいけない分野」。ただ楽しむためだけに趣味としてやるのは問題ないが、プロデビューを目指しても、100倍を超える競争倍率や、生まれつきの魅力・才能といった壁の前に、挑戦者の99%以上の割合が努力が無意味になる。




その努力行為が苦しいと、向いていないし無駄になる

努力無駄無意味

無駄な努力、実らない努力に必ずといって良いほど付き添ってくるのが「苦しさ」。休憩したり睡眠を取れば回復する一時的な苦しさではなく、もっと根深い精神的な苦しさを意味する。

自分の性格や好みと合っていない、無意識に「レベル差がありすぎて達成不可能だ」と判断している、努力の才能がない、自分でもどこか実現できるとは思えないので努力している事を他人に正面切って言いづらい、といったもろもろの原因が「苦しい」というシグナルとなって意識に訴えかけている。

よって、その努力行為が苦しいか、苦しくないかは、努力が無駄となるか実るかの良い判断材料になる。

努力すれば努力するだけ成果につながるタイプの人は、その努力行為を続けていてもほとんど苦しさを覚えず、子どもがおもちゃで遊ぶように夢中で取り組んでいることが多い。努力が苦痛な人がそういった人と並んで努力を続けても、差が開くばかりで勝ちようがない。早く相性の悪い努力を放棄して、苦痛を感じない努力行為を見つけるべきだろう。




努力するもしないも、あなたの自由。嫌なら辞めよう

努力無駄無意味

努力し続けている人達は、単にその物事が好きでおもちゃを延々と遊ぶような行為が結果的に努力になっている事がある。日本人特有の努力信仰に突き動かされて、努力を盲信してひたすら努力し続けている場合もある。要は、これらの人達は努力について肯定的な感覚をもつ人達だ。

努力が嫌い。なまけたい。努力の効果を信じられない。こういった感覚が根底にある人達は、いまひとつ努力行為に真剣になれないだろうし、努力の結果にもマイナス補正がかかってくるだろうから、努力が嫌なら自由に辞めれば良い。ブログ管理人は軽蔑も嫌悪もしない。本音を言うと、無関心。

努力は、くじ引きにお金(労力)を払って参加しているだけ。ひたすら引き続ければ、当たりを引く確率が上がるだけというもので、最初から確実性は保証されていない。

仮に努力嫌いの人の能力が高い場合、努力のくじ引きを辞めてもほどほどのところで下げ止まる。仮に努力嫌いの人の能力が低い場合、努力のくじ引きを辞めてもその後は能力が低いなりになるようになるだけ。その事実をきっちり受け入れた上で、努力するかしないか自分の責任で決めよう。



仕事カテゴリーネットサービスカテゴリー健康カテゴリー美容カテゴリー恋愛カテゴリー教育カテゴリー知識カテゴリーお楽しみカテゴリー漫画カテゴリー小説カテゴリーアニメカテゴリーゲームカテゴリー購入技カテゴリー住宅カテゴリー趣味カテゴリータグブログ内検索トップページ